死生観からのススメ

今週は、ほぼ社員面談でした。

これまでの面談と違う点は、毎週リーダーがメンバーそれぞれの目標シートに沿っての擦り合わせを行なってくれているので、まずはリーダーから、それぞれのスタッフの評価を聞いた上で行なった事で、私の評価と重なる所はよりスムーズに、違う所はその方向から聞いていくと、違う面も見えてくれるので、有効的な面談となっていると思います。

ただどうしても、現在のリーダーは若いので、ベテランに対しての擦り合わせは、現状の対処的なものに感じた事もあり、50代の人には100年ライフという時代に再度、この先の人生どうしたいのか?から考えてもらう様にしました。

そんな所から話をすると、50代の人の方が、定年を迎えてキッパリ辞めるのか?継続するのか?何歳くらいまで働きたいのか?などもしっかり考えており、そこから考えてもらうと、今やっていく事の発想も変わって、むしろこれからやるべき事が明確になったりもします。

私自身もそうですが、この年齢になると、人はいつ死ぬか分からないという面と、100年ライフになったらどうする?という相反する問題も、想像しやすくなります。

若い間はどうしても、時間は無限にあるかの様に、先の事など考えられなかったりしますし、逆に定年が見えてくると、もうあとは粛々と、自分のやって来た事を引き継いでいくだけという様な感覚にもなりますが、本来、人はいつ死ぬか分からないのと、以前から医学的には160歳や180歳まで生きられるという説もある様に、その両面を考えていると、見え方は変えられると思います。

殆どの人が”勝手に”80歳くらいまでいきるイメージで過ごしていますが、これは確率の話なので、若い人でもいつ死ぬか分からないというのは同じであるので、できれば若い間から、そんなイメージで考えられれば、大変な武器にすらなると思います。

若い人などから時々、何故苦境にも向かって行けるのか?と言う質問も受けたりするのですが、こんな考えでいると、ゴールの設定が変わりますし、ゴールをできるだけ先に設定できれば、今、嫌な事もそれが経験になると捉えられ、死ぬ時にどう思うかなんて最後まで分からないので、今の嫌な事も違って考える事ができるのです。

私自身は、死ぬ時すらそれがゴールなのだろうか?と思っていて、そんな話をすると”深み”にはまっていくので(笑)、その話は何かの機会にしたいと思いますが、往々にして、大変な苦労というのも素晴らしい経験になると思っています。

今週、ウエダOBの方の飲み会があった様で、その前に、変化しているウエダ本社の様子を見たいという事で数名が寄られましたが、皆さんお世辞抜きで10年前と全然変わらない様子で、本当に勿体なく思いました。

50代は勿論、定年された方々でも、そんな発想になってもらえれば、まだまだ活躍してもらえる方が沢山おられるので、人手不足とばかり言っていないで、女性と共に、この高齢者の知識やスキルを何とかする事をもっと考えていかなくてはならないと思います。

国も、医療費や年金の問題から、70歳まで、という様な事を言ってますが、そんな財政の“削減”という発想ではなく、人を”資産”という発想から考えると施策も変わっていくと思うのですが。

世界では不穏なニュースばかりが流れています。

今週も日韓の問題は、より深刻な方向に進んでいますし、米中、中東、世界中が利己的な自分スタンスからでしか発想しない様になっていっている様に感じます。

世界のTOPにも、一度それぞれの死生観を聞いてみたいとつくづく思いますが、サミットなど首脳が集まる所で、各国首脳の死生観から披露して、話し合ってもらうと、見えてくる世界が変わり、そんな自国の自分の時代だけ良ければいいという発想から転換できるのではないか?と思います。

多分地球からすれば、世界の揉めごとも、人類が破滅しようとも、大した問題ではなく、人間は愚かだなあという程度の話なのでしょうから。