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社長ブログ

2008.01.13

ウエダ再興記⑳~ ウエダ取締役としての仕事

ウエダの中でも揉め事ばかりでした。

今までの経営陣が悪いので、こうなったわけですから、心情的には本社を廃業させて自分達は切り離して欲しいという子会社代表達の気持ちも分からなくもなかったですし、部外者であった私は彼らがやってくれるならそれでも良かったのです。

しかし、私は常に仕事というものに対して、お金を貰う以上はプロであり、プロであれば与えられた役割以上の結果を残さないといけないと思っています。
いきさつはどうであれウエダの取締役になってからは、ウエダの為になる事に全力を尽くさなければなりません。
それがウエダの取締役としての仕事です。

又、私は口だけで何もやらない人というのを信用しません。
世の中にはこの手の人は多いですが、言うのは簡単、批判するのは簡単なのですが、それをどうするか?、実際やる事が難しいのです。
これらの感覚からすると、廃業させて欲しいと言っていた代表者達は、口では色々言うのですが、ウエダの為に自分達が何とかしようとする姿勢はなく、ルール上はおかしな事だらけでした。

一事業30年と言われる様に同じ事業は30年が限界というくらい、同じビジネスで未来永劫繁栄するという事は難しいと思います。
それ故、新たなビジネスを生み出し、有望なものは子会社として展開し、次々とスクラップ&ビルトを行なっていくわけですが、それをグループ内で、黒字になってから独立させた子会社が、自分の所は儲かったから、斜陽の元々の親会社から切り離して欲しいなんていう事は、親会社側の取締役として認められる話ではありませんでした。

上げればきりが無い程、食い違いがあり毎日揉めている状態で、その内には、コンピュータ部門の子会社では皆を引き連れて出て行くという話まで持ち上がり、又その間に実際、子会社が親会社の役員が誰も知らない間に自分達の子会社を作っているという始末でした。

勿論、法律的には、その代表者達を辞めさす事はできましたし、何も問題はないのですが、不毛な分裂をしても意味がないので、逆にその代表者を本社の副会長に据えて、全て共同運営する事まで提案し、進めようとしていました。
勿論、この間の揉めている話、その対策は全て、会長である父、社長である兄には相談しながら、実行は私が行っていました。

ところがある日、会社に言ってみると、私の居ない間に、父である本社会長が、私以外の関係者を集め、その話を撤回していました。
何のつもりなのか訳が分かりませんでしたし、父親にも激怒しました。

思えばこの時が人生で大きく梯子を外された二度目の経験だったと思います。
ただしかしこの時は、父親から梯子を外されたわけで、この時程人間不信になる思いをしたことがありませんでした。

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