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社長ブログ

2007.10.06

ウエダ再興記⑥~瀧定入社

大学卒業後ウエダに入ることを考えてもいなかった私は、瀧定という繊維商社に入社しました。

瀧定という会社は繊維関係の方であればまずご存知である、繊維専門では最大手の商社です。
しかし誰にでも知ってもらっていますが、繊維関係の方に元瀧定ですと言うのは、良く思われるか、悪く思われるか極端ですので、難しい面があります。
何故、評価が両極か、それは良く言えば、大変厳しい会社であり、悪く言えば、”えげつない”(関西以外の方分かりますかね?)会社だからです。
ただ言えるのは、商売を覚えるという事については、私にとって大変良かったと思いますし、ここでの経験がなければ今とても社長なんてできていないのではないかと思います。
当時から、いくつかの商社で、何故瀧定は儲かるのか?という事について、プロジェクトを組んで研究していた事もありますが、いくら机上で研究しても、あの中で育った人間にしか、本質は分からないと思います。

この瀧定の特徴の一つは課別独立採算というものですが、私の入社当時、確か売上は1900億円弱だったと思いますが、それは約80程の課がそれぞれ一つの会社の様に運営されていて、しかも社内の隣の課がライバルという関係で競っていました。

私は自分でもずっとラッキーな人間だと思っていますが、就職自体この瀧定が第一志望だった上、配属も、この競い合っている80程ある課の中で9年連続全社1位の課に配属されました。
瀧定という会社は同族会社ですので、一族で運営されているのですが、私の配属された課長(現在は副社長)はこれだけの成績を納めている人でしたので、社内では数少ないオーナーにものが言える人でした。

私が瀧定で良かったと思う点は、学閥など何もない完全実力主義であり、何もやらない人は置いていかれるが、やる人間は引き上げていく出る杭は伸ばす的な会社であったことです。
そんな会社でしたので、上司へのお世辞なんてとんでもない、相手が誰であれ、自分が正しいと思えばハッキリ言う性格の私にはピッタリで、新人のうちからドンドン新しい事をやらせてもらいました。

当時はバブル期に向かっていく頃で世の中では高級物しか売れない状況になっており、量販店向けに展開してきていた瀧定では苦戦をしだしており、そこに偉そうに、”こうすべきだ”と進言していた私が、高級ゾーンでアンチ瀧定的なアパレルの開拓役に任ぜられました。

これは約1300人程社員がいる中、当時の社長にも認めて頂いていた動きで、数字に大変厳しい会社の中で、特例も特例で個人の数字は目を瞑るから新規開拓をやってくれと託されたもので、私は意気揚々と仕事に取り組みました。

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