中小企業での村づくり

7日が月曜日という事もあり、今週が実質の仕事始めで、ウエダ本社と新生”ウテナワークス”も今週からのスタートでした。

その前日、1月6日の京都新聞朝刊TOPの一面で、ウエダ本社の子連れ出勤の様子をご紹介頂き、我々にとっては幸先の良い新年スタートとなりました。

記事内でも紹介されていましたが、保育園でお子さんを預かってもらえなかったスタッフが了解を取り、子連れで出社するのですが、スタッフの判断でそういう事をするという事が、家業的な事業所は別として、一般的な”企業”では、なかなか出来ない事だと思います。

又、それは企業と言っても中小企業だからできるので、大企業はできる筈がないと思われるのではないでしょうか?

確かに色々課題はありますし、そのズバリをやるかどうか?という話ではなく、問題は、そんな事ができる風土かどうか?と、何故、そういう事が大事かが分かっているかどうか?で、日本の”一般企業”ではそこが理解されていない事が、日本の企業の閉塞感を生んでいるのです。

その壁をどう崩していくか?が大きなポイントになっているのですが、これまた残念な事に、既存ビジネスで成功を納めて来た所ほどそれが分からず、そういう大企業や既存勢力に合わせた目先の”対策”だけの施策を国や行政は打つので、根本原因を崩せず、いつまで経ってもモヤモヤ感一杯なのです。

そんな大企業が、イノベーションを生む為に、GOOGLEの働き方やオフィスをベンチマークしたりしていますが、世界の一、二の時価総額を常に争う大企業を見て、どういう理屈をこねるのでしょう?

そんなモヤモヤ感一杯の中、ゴーン事件を見ていると、何とも言えない憂鬱な気持ちになってしまいます。

ここまで来ると全く私的流用は無かったとは言えないのだろうと思いますが、何がモヤモヤするかと言えば、まず一つは、多くの国民が、その”額”でごまかされてないか?という事です。
額は巨額ではありますが、その容疑内容と緊急逮捕、その後の拘留の様子が、あまりにもかけ離れているので、まるで独裁国家で逮捕されたかの様な怖さを感じるのですが、それに大多数の国民が平気である様に感じるのです。

勿論、我々などには分からない、国の問題が大きく絡んでいるので、何としても、という事はあるのだと思うのですが、一方では、又、出てきましたが、役人の様々な書類やデータ改ざんの問題は、そもそもの話とすれば、こちらの方が基本を揺るがす大問題なのに、こちらは、チンタラしながら、うやむやにしてしまうというアンバランスさ、そしてこれまた、国民がそれを何とも感じていない所が、大変、気持ち悪いのです。

いつからか、自分の事は棚に上げて、他人の事はトコトン追い詰めるという事がまかり通る国民性になってしまった気がしますし、そのアンバランスさも感じなくなってしまっている様に思うのです。

又一方、世界的にも、自分の事は棚に上げて、自己都合ばかりで他人を責めるリーダーばかりになってますが、逆にそこでは、日本はそこまでできない(そこまで傍若無人にしろと言っているのではありません)のですから、日本の国民が、そういう方向に向いていっているのは、自分や自国を落とし込んで行っている様にしか思えず、モヤモヤ感一杯となるのです。

近くに保育園か幼稚園かが出来る事に、うるさいから反対されたという事がありましたが、反対していた方は、身内にお子さんはおられなかったのでしょうか?

というより、その方も子供時代はあり、騒がしくしていた筈ですが、正に自分の事は棚に上げて、他人は許さないという典型的な話だと思います。

近所に保育園もできては困るという時代ですから、オフィス内に子供が居るなど意味が分からないと思いますが、色々な事を分けすぎた事の弊害が大きくなり過ぎて来た様に感じます。

仕事と家庭や趣味の時間も分けて考え、仕事の時間を減らす事しか考えられていませんが、これからは逆に分けない考え方に向かっていかないといけないと思っています。

そうなっていくと、仕事と家庭ではなく、各家庭や個人毎に違う、それをその所属している所で許容して、サポートするという事に向かっていかないといけないと思いますし、冒頭の新聞に取り上げて頂いた話は、日本の企業をそちらに向けていこうとしている我々の第一歩です。

そんな流れに反転させていく事ができれば、お互いをサポートする村が形成され、やがて町になっていくと思います。

もう、この二、三年で世の中の様相は一変すると思います。

改めて日本から、新たな村を形成していかなければならないと思いますし、その風土作りをウエダ本社で、実際の女性が働く環境づくりをウテナワークスで進めて、中小企業での村づくりを進めていきたいと思います。