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0022_多谷の最近のブログ記事

私くしは中学校から高校にかけて友達のヨットハーバーに行き友人のヨット4人乗り(Y-15)の操縦を教えてもらい、休みになると友人とヨットに乗り、日々過ごしておりました。

そのときから風だけで進むヨットが不思議でいつも乗りながら考えるのですが、いまだに理解できてないところがあります。

高校生のころには、操縦が少しは出来るようになり、ヨットハーバーでヨットのコーチをすることに成り、教えるのは、ほとんどが初心者でそれでもヨットを操作したいとお客さんがたくさんいらっしゃいました、当時1時間500円のレンタルで2時間コースでお客さん3人とで琵琶湖に出て行ってコーチ料(1000円)を頂いてました、週末になると指名(500円)が来るようになり、指導することに自信がつきそして、給料にコーチ料が増額されていたことが非常にうれしかったことを思い出します。

ウエダに入社し船外機付のヤマハヨット21R&C(神風)を買う為に、小型船舶の免許を取りしばらくヨットで楽しんでおりました。

今では孫(葵)もでき、なかなかヨットに行けないですが、葵が大きくなったら乗っけてやろうと思っている、今日この頃です。

月曜日は、前江田さんです。
私くしの思いではカーブ手前のプチトラブル。
学生時代(34年前)に友人3人と八方尾根にスキーに行ったときのことです。

運転は、またしても私くしでして、友人の自慢の車はトヨタのタウンエースの改造車(今では違反車両)でありました、塗装は黒のつや消しで左右の扉にミッキーマウスの印刷がでっかくしてあり、サイドから見ると、メチャクチャ派手な車で、正面からは、タイヤが3センチずつ左右にはみ出し、室内は自作ベッドが据え付けられていました(シンク無し)、まあ、そんな車です。

雪の無い国道を走行しているときに、朝方で少しまだ暗かったのを覚えており、そして、また2秒ほど寝てしまいました。

車の速度は60kmぐらいだと思いますが、カーブの手前で車道と歩道の縁石にぶつかったようで、一瞬で目が覚め、気がついたら国道の真ん中を走行しており、後ろで寝ていた友人が目をさまし、どうしたと聞いてきましたがそのときは寝ていたので適当に答えました。
明るくなるにつれ国道の状況が見えてきました、目が覚め先ほどの衝撃を自分で振返ってみると3cmはみ出したタイヤのお陰で、車がバウンドし車道に導かれたのが判りました。

国道の左右は、縁石が2mぐらいに設置され隙間が1mぐらいでその間隔で続いておりおまけにガードレールも無く300mほど進むと急カーブで、約5mほど下に、田んぼが見えまして、又命拾いをしたことでした。

スキーのレベルは友人2人が断然うまく常に追いつきたい一心で滑っておりました。
ただ体力だけは2人よりは勝っていたようです。

八方でのスキーでこぶ斜面を滑るのが面白いと感じたのを覚えています。
2011年は2月に嫁と2人でチャオ御岳に出かけ、温泉三昧です。

皆さん現地で会いましょう。

それでは雪道にご用心を。

次のブログは前江田さんです。
久しぶりのブログ(思い出話し)になります。
昨日から急に冷え込みましたが、皆さんお変わりございませんか。

ニュースでは札幌市内で初雪が降ったようで、10月の初雪は6年ぶりらしく今年は雪も例年並みに降るようで、私の若いころは友人とスキーに行ったものですが最近は、2年に1度、程度すべりに行っております。

少し寒くなりますと今でも雪が積もらないかわくわくしています。スノータイヤが普及する前は、チェーンを積雪時に取り付け、スキー場への山道をシャンシャンと鳴る音を聞きながら車を走らせたものです。

今では4輪駆動車でスキーに行くとチェーンを付けることなく、スキー場に簡単にたどり付いてしまいます。

23歳~27歳ごろは宿に泊ったことが無く、車の中で寝袋で寝たり、ボンボンテントを張ってすごしており、お風呂だけは、晩くまでしている露天風呂(有料)に入り楽しんでおりました。

15年ほど前に社員仲間と白峰高原に向かったときのことです。金曜日の夜11時ごろ出発して三菱デリカ4駆で6名で出かけたのですが、トラブル発生、とは、雪道は時として3車線になる時があり、そして下り坂のアイスバーンで私の運転している車がバウンドし横を向いたまま3車線の2車線を使い横を向いたまま走ることに成り、びっくりしました。

起きているのは私と助手席にいた新井君のみで全員後ろでグーグー寝ており、言わないでおこうと思いそのままアイスバーン任せてしばらく走りました、車の速度は約20キロぐらいであったと思います。

非常に長い下りの直線でありました400~500mに感じました、下から来る車も無く助かりましたが、どうしても車の向きを変えることが出来ず、めっちゃあせり、400~500m走っている間に走馬灯のようにいろんなことを考えました。

このまま谷に落ちて全員即死と新聞に載ってしまうとか、家族のこと、会社のこと、様々なこと頭の中を駆け巡りました。

車のなかでそうこうしている間に再度バウンドし今度は後ろ向けになり最悪です。もうあかんアーメンと思ったときに車がボンと音を立て止まってくれました。

とまったところは、雪の吹き溜まりで後ろからまっすぐ突っ込んだのです。助かりました、全員無事です。後ろで寝ていた4人は目を覚ましましたが何が起こったのかそのときは説明しませんでした。その後立ち直り、仮眠をした後、1日中スキーを楽しみました、一度死んで、生きかえった心境でありました。

明日は、前江田さんです。
久しぶりのブログになります。

この文章はウエダ本社の松本が作成しました、パクリですが
現在ウエダ本社ではテラ・ルネッサンスを応援しております。!!
特定非営利活動法人テラ・ルネッサンスは「すべての生命が安心して生活できる社会の実現」を目的に2001年10月に設立されました。
団体名称のテラはラテン語で地球を、ルネッサンスは英語で、再生を意味します。
(地雷)、(小型武器)、(子ども兵)、という密接に関連し、また重なる部分のある3つの課題に対して、現場での国際協力と同時に、国内での啓発・提言活動を行うことによって、問題の解決を目指しています。
活動地域は
カンボジア・ラオス・ウガンダ・コンゴ民主共和国・日本の五カ国で、日本(京都)・カンボジア(バッタンバン)ウガンダ(グル)の3カ国に事務所があります。
設立以来、カンボジアでの地雷除去支援・女性義肢装具士の育成・ラオスでの不発弾除去支援、ウガンダやコンゴ民主共和国での元・子ども兵の社会復帰支援、小型武器の不法取引規制キャンペーン、日本国内での平和教育に取組んでいます。
自分たちできることから行動していきたいと思います。
京都から世界へ まず一歩一緒に始めてみましょう。
使い終わったインクカートリッジの回収にご協力ください。
たったそれだけのことで世界に笑顔を増やすきっかけが生まれます。

① インクカートリッジ5個で
カンボジアで子ども達が安心して遊べるための地雷撤去1㎡分
インクカートリッジ10kgで
カンボジアで地雷被害などの障害を持つ(除隊兵士家族)1世帯分の生活費 1ヶ月分
インクカートリッジ25kgで
ウガンダで職業訓練後の元子ども兵士に ミシン・大工道具などを支援するための経費1人分
インクカートリッジ1kgで
ウガンダで元子ども兵士が安心して職業訓練に参加するための学費・家族の食料など1日分

インクカートリッジの回収にご協力お願いいたします、ご協力いただける法人様を募集しております、是非テラルネッサンスの活動にご協力頂き、世界を変えてみましょう。

お問合せは、株式会社ウエダ本社へ。
お気軽にお問合せください。
電話 075-341-4111


明日は、前江田さんです。
初めまして、ウエダ本社で営業をしております、多谷と申します。
ウエダに入社して、早、32年が経過いたしました、入社当時は事務用品の卸しを25年行い
現在では、オフィス備品に始まり、OAフロア工事・パーティション工事・LAN配線工事・電気工事・電話工事・ネットワーク構築・映像編集にいたるまで・オフィスでお使いになる商材を全て取り扱いをしており、ユーザー様のより良いオフィス環境をご提案しているところです。

そしてウエダ本社では、CO2の削減に効果のある屋上緑化にも力をいれ・弊社の7階屋上に約35平米のフロアーに高麗芝で緑いっぱいのフロアーになっており、3人掛けのベンチを2基設置し、社員の休憩場所になっています。

その緑化システムを利用し、屋上で野菜菜園も昨年は行い、トマト・ナス・さつまいも・唐辛子・イチゴなどを栽培し、収穫した野菜は社員のおなかに全て入りました。

昨年は別のフロアーにハーブを植栽し香りが楽しめるフロアに変貌を遂げました、是非一度、ご覧になっていただきたいと思います。

京都にお住まいの方・関西で商業ビルをお持ちの方、全て屋上緑化にしましょう。

明日は、前江田さんです。
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